やるべきか、やらざるべきか?
写真:戸田耕一郎
過去の世代から受け継いだ数えきれないほどのものをテーマに作品をつくる中で、圧倒され、身動きが取れなくなることがあっても不思議ではありません。何かをやらない理由は常に山ほどあり、代わりにやるべきこともまた無数にあるのです。一生をかけて調べ続けても、始める前にまだ知るべきことが残っていると感じていたかもしれません。一つひとつの決断が重くのしかかりました。だからこそ、どんなに短く荒削りでも、9月にプロジェクトの最初の一部を発表できたことは、大きな達成感となりました。アイデアの寄せ集めはまだガムテープでつなぎとめられ、携帯電話で録音した音声が仮の素材として使われているかもしれませんが、それでも実験を可能にする新しいワクワクするような創作プロセスの入り口に立っていると感じています。
写真:戸田耕一郎
長年、言葉を基盤に据えるのではなく、言葉・イメージ・音・動きをバランスよく織り交ぜた作品を目指してきました。しかし、周囲の世界を理解する方法として、どうしても文章を書くことに傾いてしまうため、この理想を実現するのは容易ではありませんでした。今回のパフォーマンスは、これまでで最も理想に近づいた試みです。文章を書き、録音し、編集し、作り、稽古する——その行き来を繰り返してきました。締め切りに追われるデザイナーとして、従来の制作スケジュールという安全網を手放し、行き先が見えないまま進むことを受け入れるのは大変でした。まるで未知の領域を這う探検者のように、3分ごとの断片を積み重ねて進んできたのです。その過程で「最終的にどんな作品になるのか」と何度も聞かれましたが、自分でもわかりませんでした。9月に観客に見せられるものが果たしてあるのか——不安でした。
写真:戸田耕一郎
確かにありました。そして最終的に、その仕上がりに満足することができました。稽古場で、最後の最後に思いもよらなかった解決策が現れました。玄関の間という自然なプロセニアム(舞台設定)から抜け出し、台所や客席に移動し、襖を開け放ち、さらに奥の部屋に灯りをともす。すべてを新しくするのではなく、何年も前に試みたアイデアや素材に立ち戻り、それらを磨き直すことを自分に許しました。
写真:戸田耕一郎
このプロセスは、演劇づくりのあり方そのものへの認識を変えてくれました。常に迷いがつきまとうことを受け入れながらも、それでも前に進むこと。その姿勢が大切だと気づかされました。自分が前に進まなければ、対話も進まない。そして何よりも大切なのは、観客がその場にいて、目撃し、反応してくれるという事実なのです。
私は、観客と上演空間との物理的な関係についての前提を問い直すのが好きです。この作品も、観客が自ら家の中に入り、探索するインタラクティブ(観客との相互作用)な形をずっと思い描いてきました。6月にはじめて、島根県立大学のハントリー先生のゼミ生たちとそれを試す機会がありました。古くてかび臭い家に大学生が興味を持ってくれるのか不安でしたが、部屋を歩き回り、棚の中を覗き込みながら楽しそうにしている姿を見て安心しました。宝探しの魅力は、年齢を超えて人を惹きつけるのだと感じました。
写真:戸田耕一郎
さらにインタラクションの可能性を広げるために、学生たちと「オーラル・ヒストリー(口承)」について話し、9月の公演で観客にインタビューをお願いすることにしました。パフォーマンスを観た後、観客には家の中に入ってもらい、お茶を飲みながら学生たちと自分の人生で大切だった家について語り合っていただきました。その記録を聴くのをとても楽しみにしていますし、今後この作品を磨いていく上で必ず影響を与えてくれると確信しています。
写真:戸田耕一郎
今は、この勢いを活かすことに集中しています。これまでに作ってきた部分をさらに磨き上げながら、新しいセクションを加えることに、今後数か月を費やしたいと思っています。家は冬になるととても寒くなるので、春になってもっと多くの方々に実際に体験していただけるようになるまで、公開公演は控えるつもりです。
クリエイティブ・キャピタル財団、アジアン・カルチュラル・カウンシル、マクダウェル財団、ジム・ヘンソン財団、井上家、近藤協子、松浦夕美、島根県立大学ハントリー先生とゼミ生の皆さん、ダン・クック(ア・スポット・オン・ザ・ヒル)、吉田雅史、ミシェル・ミルン、アンディ・スミス、エレナ・マッカーナン、サンドラ・ディーテル、セレナ・コン、山崎信子、ユキ・ヘネベリー、ペイトン・フローリーに心より感謝申し上げます。